Poem

お前らは価値のあるニンゲンですか?

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この記事は完全に自戒です。

ぼくはこれからもっといろいろなことをやりたいと思っています。

でも、それをするには確実にひとりの力だけではできません。それはきっとこの先もずっとそうで、ひとりでできることなんて限られています。

結局、ヒトの力を借りないと、大きいプロジェクトは遂行できません。

じゃあ、どうやったら、ヒトの力を借りることができるようになるのでしょうか?

ぼくはヒトの力を借りるには、自分の価値(バリュー)をあげるしかないと思います。

価値ってなんだよ。
価値が高い人は、みんなから力を借りることが許されます。

逆に価値が低い人は、価値が高い人から力をタダで借りることは許されません。

この事実だけを見るだけでも、自分は相手から安く見られているのか、高く見られているのかを判断する事ができます。

一万円札の福沢諭吉も「天は人の上に人を作らず」なんて言ってたみたいですけど彼、実は自分の娘が彼氏を家に連れてきたときに「身分違いだ」と激昂して二人を別れさせたらしいです。笑

このように人間は平等であるみたいに言われてますが、実際には平等ではないのです。

人間関係には明確にその格差が存在しており、価値の高い人が、価値の低い人の力や時間を奪えるようになっているのは事実です。

今朝、語学学校にいく電車でたまたま目にしたビジネスインサイダーの記事にこんなタイトルがありました。

Elon Musk says he works 120 hours a week, so we did the math to figure out exactly how much his time is worth

意訳すると、「イーロンマスクは週に120時間の仕事をするそうですが、一体、彼の時給はいくらでしょうか?」というタイトルです。記事冒頭でイーロンマスクの1時間の時給は$900,000(日本円にして9千9百万円)と書いてあります。

ぼくの1時間とイーロンマスクの1時間、客観的に見てどちらが価値が高いと思いますか?

このようにヒトの価値は平等ではありません。

僕たちがイーロンマスクと1時間話したら、9千9百万円もらったも同然です。

価値が高い人ほど、時間の重要性を理解しているので、価値が低い人に時間を使おうとしません。

他にもこんな例で考えてみましょう。

例えば、あなたがどうしても付き合いたい女性(以後、石原さとみ)がいるとします。

いろんな手を使い、アプローチして、なんとか石原さとみとのデートに漕ぎ着けることに成功しました。

きっとあなたはそのデートには早めに行くようにすると思います。もし、デートに遅れて石原さとみを待たせたら、さとみの機嫌を損ねて嫌われてしまう可能性もあります。
最悪の場合はデートは中止になって帰られてしまうかもしれません。

そう言ったことを考えると、石原さとみとのデートに遅れる人間はほとんどいないと思います。

でも絶対に遅刻できないって考えるのは、自分が石原さとみよりも価値が低い状態だから、そのように考えるわけです。

現状の自分では、石原さとみから時間を奪う事は許されないと、無意識に考えているために、そういった行動にでるのです。

もしこれが、あなたからしてブサイクな女性から、「行きたい所があるから、一緒に行ってくれないか。」といったお願いをされて、待ち合わせをしている状態ならば、どうでしょうか。

たぶん、あなたは、待ち合わせの時間について、そこまでシビアに考えることが無いと思います。
遅れたら遅れたで良いし、まあなるべく待ち合わせの時間通りに到着するように行こうかな。」って思うはずです。

これはブサイクな女性が、あなたにとってそこまで価値が高くない状態なため、その女性から時間を、多少奪っても問題ないかなと考えるためです。

この相手が、石原さとみではなくてもその人の価値が高いだけで、あなたは対応を変えます。

たとえば、有名なブサイク女芸人の大久保佳代子さんとの、会食の予定が入っているならば、間違いなく遅刻する事なく、その場に行くと思います。

これは単純に大久保佳代子が、自分よりも経済力・人気があり、大久保佳代子さんの時間は、自分の時間よりも貴重なものと、無意識に考えているからです。

話に戻ると、価値が低い人間は、価値が高い人間の力を借りることはできません
つまり、自分の価値が高くなければ、ヒトの力を借りることはできません

人はどうやって価値をあげて行くのでしょうか?

早い話、価値を客観的に測る指標はSNSのフォロワーでしょう。
SNSがなかった頃の時代だとその人の価値が高いか低いかというのは非常にわかりづらかったと思います。
本当に一部の雑誌やテレビに出ている人だけに価値が集中していたんです。

でも、いまはブログやSNSなど自分でメディアを持てるおかげで一般人でも価値を得ることができるようになりました。

そんな価値飽和時代で、本当に自分が価値がある人になったと客観的に言うための指標は、やはりSNSのフォロワー数だと思います。

では、ヒトはどこに価値を感じるのでしょうか?

僕は「そのヒトにしかできないオンリーワンな考え方や経験をする」ということなんじゃないかなって思うんです。

で、その過程を発信して行くことが結局、その人の希少性を高めて、価値をあげることに繋がると考えました。

ぼくもほんとは稀有な経験しているはずなのに、基本アウトプットがテキトーなんです。

そもそもぼくはTwitter、ブログ、コンテンツの質にこだわったことがありませんでした。

ぼくの人生は圧倒的に量的パラメーターのみを重視していたんです。

例えば、「ブログとかも漠然と記事数を増やせばPVも伸びるだろう。」、「Twitterのツイート数を増やせばいろんな人に見られるからフォロワーも増えるだろう」、「Instagramとかとりあえず投稿しまくっておけばフォロワー増えるだろう」って感じでぼくの人生ではアウトプットの量が正義でした。

ぼくがこの考え方に至った原因はただ一つ、高校時代に働いていたセブンイレブンでの発注業務だと思っています。

なぜオーナーが高校生のぼくなんかに発注業務を頼んだのかは未だに謎ですが、その当時ぼくが担当することになったお菓子売り場は在庫も切らしている上に、陳列棚が整理整頓されていない壊滅的な状況でした。

ただ、やるからには販売最古記録を狙いたいと漠然と思い、戦略をたてました。

その戦略は「発注可能なお菓子を全て発注する」というものです。もともとセブンイレブンのお菓子はどの店舗にも並べて置いて欲しい必須商品と季節限定などの店ごとに置くのか検討しなければいけない限定商品2タイプありました。

大体のセブンイレブンでは必須商品を必ず全部置いて、限定商品数個だけ置くというのがスタンダードでした。

そこでぼくは他店と差別化するために発注可能なお菓子を全て発注することに決めました。そうして全部の商品を陳列棚がパンパンになるくらい置いた結果、10年間更新されていなかったお菓子売り場の月の最高販売記録を塗り替えることに成功しました。

ただし、それが今のいままで『』という言葉を忘れさせる原因になりました。

量さえあれば質はどうでもいいと思っていたんです。

だけど、いまよく考えて見れば、セブンイレブンのお菓子売り場の中では種類がたくさんあることが他店と差別化できて、量が多いことが勝手に『質の向上』にも繋がっていんだと思います。

で、ぼくの最近のブログやTwitterでの発言を振り返ってみたときに、なんども見直して質をあげた文章はかなり評価されているなって感じたんです。

例えば、noteで書いた自己紹介はいろんな人にもレビューしてもらって何回か修正した結果、記事公開直後からかなり評判がよくて、Twitterでも友達が見つけてリツイートしてくれたり、掲示板からもWEBデザインのオファーが何件かきました。

高校の先生からのひとこと
「勝見くん。キミのアイデアにはいつも驚かされる。キミが何か打ち込めるものを見つけたら、キミはきっとすごいヒトになるよ。」

きっとぼく、素で面白いんだと思います。

あとは何度もコンテンツを見直して、質を上げていけばそれなりに評価されるんです。きっと。

今までは、見直しせずに当たればラッキーくらいに思って発信していたんですけど、これからはさらにコンテンツの質をあげて行こうと思っています。

って感じで今回は政策発表させてもらいました。

この記事がよかったらいいね👍してねん。

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